バカな高校生が慶應法学部に合格した方法~ビリギャル超えとか余裕~

K.O diary

学校や予備校では教えてくれない私立文系の受験勉強法

【大詰め】これからまくるために知っておいて欲しいこと

受験まで残り約2か月。

 

この残り僅かな時間。

悔いを残してほしくない。

 

そして僕としても、

これ言っておけばよかった、

などと思いたくはない。

 

だから今リアルに思っていることや、

肝に銘じておいて欲しいことを、

この場を借りて話そうと思う。

 

普段こちらから連絡はあまりしないが、

今ここで敢えてそうするのは、

それだけ言っておきたいことだからだ。

 

5分で済む。

 

自分の胸に手を当てて、

思い当たることがないか、

確認するように読んで欲しい。

 

なければそれでいい。

というかその方が良い。

 

でも少しでも思い当たる節があれば、

これを機に取り組みを見直し修正して、

最後2か月を過ごすようにして頂きたい。

 

それが出来れば結果は付いてくる。

 

では始めよう。

 

本題

 

抽象的な表現になるけど、

”ぬるい人”は伸びない。

 

この”ぬるい”のニュアンスは後述する。

 

別に根性論の話じゃないから、

そこは安心してもらって大丈夫。

 

けど最後までメキメキ伸びる人と、

イマイチ伸びずに終わる人の違いとして、

まずこれは覚えておいて欲しい。

 

僕は両方を見てきた。

 

怒涛の追い上げを見せた方も、

全然伸びなかった方も。

 

両者を見てきて感じた、

真っ先に浮かぶ印象。

それが”ぬるい”かどうかだってこと。

 

ぬるいなぁと感じた人は、

やっぱり伸びてない。

 

逆に想像以上に伸びた人は、

どこか鬼気迫る感じを強く受ける。

 

この違いというのは、

勉強してるかどうかじゃないよ。

 

そんなんみんなするから。

12月や1月になったらそりゃやるさ。

 

けど勉強してたってぬるい人はぬるい。

 

たとえ同じことを同じ量やっても、

「は?ぬるくね」となることは多々ある。

 

それでも本人に自覚はない。

ちゃんとやってる”つもり”ではいる。

その”つもり”が”ぬるさ”を招くんだろうな。

 

いいか。

 

”つもり”で”ぬるく”過ごしていたら、

2か月なんてあっという間に終わるぞ。

 

これまでの頑張りもこれからの頑張りも、

何も生みだすことなく終えるんだぞ。

 

全てが水の泡だ。

 

約束したよな。

ラインマガジンで。

 

合格をもぎ取るようにやるって。

 

この先で”ぬるい”とはどういうことかを、

具体的に説明していく。

 

どういうことを言いたいのか、

読み進めるうちに分かってくるはず。

 

以降では自分で当てはまることがないか、

確認しながら読んで貰うと良いと思う。

 

当てはまることがなければそれでいい。

 

もし思い当たることがあればこれを機に、

”ぬるい”取り組みと縁を切ってほしい。

 

”ぬるい”の特徴

前提

”ぬるい”とは言いかえれば、

合格をもぎ取るようには出来てないってこと。

 

自分の受験なはずなのに、

不合格になることへの危機感が希薄で、

どこか他人事のようにフワフワやっている。

 

勉強してはいるし、

受かりたいって気持ちがウソとも思わない。

 

だけど・・・

 

「え、それで受かろうとしてんの?」

そう感じざるを得ないような動き。

 

合格をもぎ取るってのとは対極。

 

ただこれは出来る・出来ないというより、

そもそもの姿勢としての話。

 

これは大きく2つの意味合いになる。

 

・やってること

・やってることの中身

どちらかといえば後者の方が陥りやすい。

 

それぞれ話をしていくので、

言わんとしていることが見えてくるはず。

 

やってること

ボーっと”ぬるく”やる人は、

やってることが的外れになりがち。

 

斜めの方向に走っていこうとする。

 

それは僕がやることを具体的に指示してる人、

そうでない人いずれにも言える。

 

僕がやることを指示していても、

日々やっていること全てを、

管理しているわけじゃないよね。

 

すると斜めに走り始める人は、

しばしば現れることになる。

 

例えばこうだ。

 

勉強していく中で課題が出てきた。

そこに対して何か手を打とうとした場合。

 

それが本当に見当違いな方向に進んでたりする。

 

そこで状況を整理しながら、

それで本当に解決できるのか、

話を詰めていくとそうじゃないと見えてくる。

 

要は課題と解決策が噛み合ってないんだけど、

そこに気づかずに進もうとしている、

もしくは進んでしまってるということ。

 

もしそのまま1か月も過ぎてしまったらどうなる?

残り2か月しかないのに。

 

ただただ時間を浪費してるだけ。

その時間で何かを生み出すことはない。

 

この話だけでも”ぬるさ”満載。

 

まず課題に噛み合ってない解決策を、

正しいと思い込み満足できてしまうこと。

 

自分で考え判断しようとする姿勢。

これ自体は良いことだと思う。

 

話が詰まっているとか、

自分なりの根拠があれば、

”ぬるい”とは感じない。

 

知恵絞って考えてることが伝わるから。

 

だけどそれが的を射たものなのか考えず、

当てずっぽうのように判断できてしまう神経。

 

その判断に至るまでの中身がスカスカで、

何も考えてないこと丸出しで満足する。

 

これが問題だし”ぬるい”。

 

怖くないの?っていう。

 

その判断がこの先の合否を、

大いに分けるものとなるのに、

何故そんな投げやりに決められるんだっていう。

 

あまりに危機感がなさすぎる。

 

自分の受験だろ?

落ちてもいいのか?

 

そう感じざるを得ない訳だ。

 

またその当てずっぽうのような判断を、

正しいものと思い込み時間が過ぎた時に、

悪手だった場合にどうなるかを、

まるで考えていないこと。

 

これもまた”ぬるい”。

 

例えば受験まで二か月しかない中で、

一か月を無駄にしてしまっていたら、

そんなの致命傷だろ?

 

特に合格を競っている場合なんか、

残されていた希望が潰えて、

途端に絶望に変わってしまう。

 

そこまで考えて動けていないこと。

これもまたぬるいし鈍感すぎる。

 

合格をもぎ取るようにやるなら、

常に意味のある勉強じゃなきゃいけない。

 

それ無駄な時間を過ごしたせいで、

掴める合格も逃すかもしれないんだぞ。

 

そういう危機感がないってのは、

吐き気がするほど”ぬるい”動き。

 

こういうことは過去にもあった。

そのたびに思うんだよ。

 

「もっと早く相談してくれれば」って。

 

そうすれば防げたこともあるのに、

それがなかったせいで尾を引き、

間に合うはずが間に合わなくなる。

 

これはこっちもキツイわけだ。

 

伸ばせたはずの機会を逃すし、

一気に苦境に追い詰められるから。

 

こういうことが一つ二つと積み重なる。

すると合格はどんどん遠のいていく。

 

そういうことに敏感にならず、

平然と看過できてしまうことは、

”ぬるい”以外に言いようがない。

 

やってることの中身

もし僕の言う通りにやっていても、

それが表面だけである場合は、

”ぬるい”ことが多々あったりする。

 

例えば長文でこんな話をしたことがあると思う。

 

上手くできなかった原因を分析し、

ちゃんと次に繋げるようにやろう。

 

復習の話だね。

 

ザックリ言えばこんなことって、

お伝えしたことがあるはず。

 

これをやっている”つもり”ではあっても、

凄く粗かったりする。

 

表面的にはそれっぽい。

けど中身がスッカスカ。

 

こういう場合って僕が想定するより、

伸びるペースがかなり遅くなる。

 

僕が求める精度でやっていたら、

既にクリアできてるはずのラインに、

時間かけている割に到達してないみたいな。

 

もしくは僕目線で言えば、

数日で埋められる差なのに、

2~3週間やってるのに埋まってないとか。

 

「え、まだそんなとこにいるの?」

「何をそんな悠長にやっての?」

 

もしかしたら通話の中でも、

こんなことを言ったことがあるかもしれない。

思い当たる節がある人もいるだろう。

 

こういうのだって”ぬるい”んだよ。

 

受験まで残された時間は決まっている。

間に合わせないといけない期限が明確。

 

それなのにそんなチンタラやってるって、

間に合わせる気あんの?となるわけだ。

 

これはそういう取り組みが出来ないことを、

嫌味ったらしく文句言ってるんじゃない。

 

その姿勢の問題。

 

目指すべきラインと自分の差を、

埋めるようにやらなきゃいけない。

 

その差は何が原因なのか。

どうすれば埋まるのか。

次からどういう意識でやるべきか。

 

そうやって無理矢理にでも埋めて、

自分のレベルを引き上げていく。

 

これが間に合わせるって動きだよな。

 

もしそれが自力で出来ないなら、

早くに相談してよって話。

 

何でそんなフワフワとチンタラやって、

危機感を感じずにいられるの?という。

 

そのせいで間に合わなかったらどうすんの?

落ちるの怖くないの?

 

もし強烈な危機感を抱いていたら、

点数が伸びない自分に怖くなり、

どうにかしてその差を埋めようとするなり、

早めに相談なりしているはずだ。

 

そういう発想にならない時点で、

そこを看過できてしまう時点でぬるいんだよ。

 

例として長文の話を出したが、

そういう姿勢は過去問でも同じこと。

 

8割取らなきゃいけない場合に、

自分が7割しか取れてないなら、

その1割を埋めるようにやらないといけない。

 

埋まったらいいな、じゃない。

埋めるようにやるんだよ。

 

これは単に過去問に慣れるではなくて、

そこへの分析や対策が詰まっているほど、

より確実に早く埋めることができる。

 

でもそこで中身スカスカにやってれば、

埋まるものも埋まらないし、

受かるものも受からない。

 

その中身がスカスカであることを自覚せず、

自分なりにはやってるつもりになって、

時間ばかりが無駄に過ぎていくほど、

後手に回り合格を逃しやすくなっていく。

 

そんなノロノロやっていて、

間に合わなかったらどうすんだ?

 

どうしてその程度で満足できる?

 

それで合格するつもりだって?

考えが甘すぎるし危機感なさすぎ。

 

良い機会だから実例を一つ出そう。

 

僕が今教えている中に、

慶應法と商を受験する方がいる。

 

彼は11月時点でも、

間違いなく合格できるレベルになった。

 

けど10月頭の時点では、

慶應商の英語でさえも、

5年分以上やっていたけど、

140~150/200しか取れていなかった。

 

それを通話で聞いた時に、

僕はおかしいなと思ったんだよ。

 

「いや絶対にもっと取れるはず」って。

 

そこで過去問の復習と分析を、

一緒にやってみたのだけれど、

あまりにも粗いし全然なっていない。

 

そりゃどんだけやっても点数伸びないわと、

余裕で納得できてしまうほどだったが、

本人はそれで満足している始末。

 

その際に点数が伸びない原因を、

話を聞きながら詰めていって、

次からこうやってみてと伝えたら、

翌日で166/200になったし、

その次は170点を超えてきた。

 

5年分以降もやって140~150点で横ばいだった。

それがたった1回通話で話しただけでも、

1~1.5割も得点率が上がるんだ。

 

必ずしも1回の通話で、

それだけ上がるかは場合にもよる。

 

少し日数を要することも勿論ある。

 

それでも・・・

 

それまでどれだけ程度の低いものだったか、

取り組みの密度で如何に差が付くか、

こういったことは明らかだと思う。

 

そんな日々が積み重なっていけば、

1か月や2か月で果てしなく、

合否の明暗を分けるに違いない。

 

もし中身がスカスカのままやっていたら、

その1~2日で上がる点数を取るのに、

どれだけ無駄な時間を費やしていたか。

 

残り2か月でそんなことしてたら、

受験なんてあっという間に迎えちゃうだろ。

伸ばせる余地を活かさず終えちゃうだろ。

 

そういうことに危機感を感じずに、

正確には危機感があまりにも低く、

なぁなぁな取り組みを看過できてしまうこと。

 

もう分かると思う。

これが”ぬるい”って言うんだ。

 

僕が教えている中には、

9月・10月・11月あたりで、

今受けても慶應受かるという方が、

割と多くいらっしゃる。

 

でもその人たちだって、

初めからできた訳じゃないし、

特別頭が良かったわけじゃない。

 

偏差値40台の高校に通う人。

その数か月前までE判定・D判定だった人。

現役生で勉強時間が多くは取れない人。

 

それでも早々に合格ラインは越えてきた。

これは”ぬるく”やってないからだよ。

 

厳密には”ぬるい”時もあったけど、

早急に立て直して締まった取り組みを、

ちゃんとやってきたから。

 

頻繁にやり取りもしていたし、

模試や過去問だけではなくて、

長文1つでもガッツリ反省会したりもした。

 

それも1回や2回じゃない。

 

通話で伝えたことをやってみて。

その上で更にその先どうするかを話して。

 

なぁなぁな勉強はしないし、させない。

 

目標を決めては越えていく。

ひたすらこの繰り返し。

 

そこではもしかすると、

耳が痛むこともあったかもしれない。

 

それくらい”ぬるい”ことを指摘したし、

高い水準の密度を求め続けてきた。

 

「その話前もあったけど何考えてやっての?」

「それじゃどれだけやっても変わらないよ」

「ここまで考えて復習・分析してる?」

「こういう所まで詰めて考えなきゃ意味ないじゃん」

「どうして無策で前回と同じ間違え方できるの?」

 

などなど。

 

勿論詰めるだけではない。

具体策は提示する。

 

だけど自分の”ぬるさ”や”甘さ”に、

自覚を持ってもらえないと、

根本解決にはつながらない。

 

だからうざがられるだろうとか思いながら、

こんなやり取りをしょっちゅうしてきた。

 

そんな中でも食らいつき徹底してくれたし、

神経研ぎ澄ませ知恵を絞ってやってくれた。

 

全てを自分の血肉に変え、

日々の取り組みに落とし込み、

本気で成績上げようとやってくれた。

 

彼らは”ぬるい”勉強とは決別してる。

 

僕はどこまで行っても補助でしかない。

彼らは自分の意志で力で決別してきたんだ。

 

その成果として、

短い期間でも力を付けてくれた。

 

本当に尊敬するよ。

 

そしてこのような関係というのは、

僕から切り出したものではない。

 

彼らから望んでくれたからこそ、

こちらも対応していただけ。

 

決して生ぬるく現状を捉えず、

いち早くステージを上げていくために、

向こうから相談をしてくれる。

 

こっちから「大丈夫?」なんて言わない。

ケツに火がついているから向こうから来る。

 

それだけ現状に強い危機感を持っていたし、

なりふり構わず力を付けようと必死だった。

 

当然今だってそうだ。

 

当初よりは自分で進めるベースがあるから、

やり取りの回数自体は減ってるし、

ある程度は信用して任せているけど、

100回受けて100回受かるよう備えている。

 

彼らは紛れもなく合格をもぎ取ろうと、

突き詰めて動き勉強していることが、

少しは伝わるんじゃないだろうか。

 

ここで話を出した長文や過去問だけじゃない。

全ての勉強において言えること。

 

一つ一つに目的意識を持ち、

詰まった勉強を徹底している。

 

さてここまで読んでくれたら、

何が言いたかったか分かると思う。

 

そろそろまとめに入る。

 

僕は出来が良い悪いで話すことはない。

 

誰だって初めは出来ないものだと、

身をもって知っている。

 

だからそういうことはしたくないし、

そこを責めても解決になりやしない。

 

出来ないことは出来るようにすればいい。

シンプルにこうとしか思っていない。

 

だけど危機感が希薄だったり、

間に合わせようとする意識の欠如は、

”ぬるい”としか形容できない。

 

自分の取り組みが不合格と隣り合わせになる、

その可能性に緊張感を持てないなら、

それはやっぱり”ぬるい”よね。

 

伸ばせるものも伸ばせない。

受かるものも受からない。

 

受験まで残り約2か月。

そうなってほしくはない。

 

折角やるんだから。

悠長に呑気にやってる場合じゃないんだよ。

 

”ぬるい”勉強になるかどうか。

これは間違いなく今後の伸び方を左右する。

 

2か月というのは力を付けるのに、

十分な期間であることは間違いないんだ。

 

別人のように力を付けることだって出来る。

 

その機会を自ら潰すことはせず、

ガツガツまくれるような時間を過ごして、

悔いなくやり切ったと受験を迎えよう。

 

”ぬるい”勉強ではなく、

詰まった勉強をしてくれると期待しています。

 

勿論そこへの協力は惜しみません。

何かあればいつでも・早めにご相談ください。

 

追伸

こちらご返信お気遣いなく。