1/25に絶望してから3週間後、
彼は慶應商・文に合格した。
その合格から数日して、
学校に行った日の出来事。
そこで慶應志望者で、
結果共有をしたそうだ。
それをまとめて送ってくれたのだが、
その内容が受験のリアルそのもの。
血も涙もありやしない。
「受かったはずなのに悲しくなった」
実際に彼はこうとまで言っている。
果たして彼は何を見たのか。
なぜ受かったのに悲しくなったのか。
血も涙もない受験の現実とはどんなものか。
頑張るって何だろうね?
努力って何だろうね?
本当に考えさせられると思います。
勉強時間、勤勉さ、頑張ってる感。
そういうものが足蹴にされ散っていく。
そんな受験の非情さが詰まった内容です。
何を感じて欲しい。
どう感じて欲しい。
そういうことはありません。
それはあなた次第。
ただただ現実として、お見せします。
彼が送ってくれたメッセージを、
スクショで全部貼っていく。
ちょっと長いのでスクショ後に、
文字にして全部まとめています。
ただスクショで見てもらう方が、
その生な声や感情が響いて、
自分事にしやすいはずです。






お疲れ様です。
今日学校があって、慶応志望の同クラの友達6人と受験結果共有したんですよ。
友達の結果聞いたあと、請負人さんの勉強法やべぇなってことをガチで改めて感じたので共有します。
これおそらく、請負人さんの方法で勉強してる人からしたら最高の実例だと思ったので、お伝えしときます。
[概要]
うちのクラス(=私文クラス)は慶応志望が俺含めて6人いたんです。
全員慶応第1志望です。
その人たちそれぞれABCDE+俺だとして、志望校はそれぞれA:文、B:経&SFC2個、C:法、D:文、僕:商&文、E:文
です。ちなみにこれはアルファベット若い人ほど頭良いです。自分は成績6人中下から5番目でした。
そして、僕以外はばり勉強してました。
先生や取り巻きからも「おそらく受かるだろう」「受かって欲しい」って眼差しで見られていたように思います。
受験生本人達も「俺冬休み1日だけやけど15時間勉強したわ()」「小論の対策何が正解かわからんわぁ」「世界史一問一答ぜんぶ覚えたわ」みたいな、自分たちはようやっとる、オレら受験頑張ってる感のある事を言っていたように思います。受かった今思うと彼らそれで落ちているのだからめちゃくちゃ滑稽だと思います。
対して僕は請負人さんに教わっていながら慶応舐め腐ってサボっていたので、色んな人から「あいつぁありゃ受からないな」と思われていることは明らかでした。(舐めていた時期はそのことに気づかず僕自身は受かるもんだろうと思っていましたが。)
僕は1月末に大慌てで勉強開始しましたが、最終的な成績も、おそらく他5人とは天と地ほどの差だったと思います。僕がダントツ低いです。
結果はどうだったかと言うと、僕だけ第1志望の文と商にダブル合格でした。B君と僕以外は慶応全落ちです。B君も経済は落ちてSFCに行くそうです。
僕は他人の不幸を喜ぶ人間ではありませんし、友達ながらに落ちたことは普通に残念に思いましたが、それでも思ったことは「こいつらあんなに気張って1年間も一体何してきてたんだ」「すまんがなんか滑稽だな」ってことです。
「本当に、本番に点をとることだけが全てだということ」「点を取れたやつが結局大逆転するということ」「私文受験における素の学力による指標の宛にならなさ」を感じました。
僕は受かったはずなのに、もはや悲しさを感じました。
私文においては、情報を知らない者が割を食うんだなと強烈に感じました。
それとやはり、請負人さんの何回も強調して仰ってる「小論の対策は微塵もいらない」「パターン化による攻略が最良」「国語からっきしでも常用漢字全く書けなくても小論有の慶應には受かる」「通史問題集だけで攻略できる」「英語は参考書なに使っても慶應に受かる」「地頭や論理的思考がカスでも受かる」
そして何より「正しい方法で正しい分量を全力でやれば、大逆転合格は起こりうる」ということなどのあらゆることが真実だったとこの身で実感しました。
自分は受験前20日前まで過去問をといてこと無かったし、解いたけど5割がいいとこの人間でした。
ちなみになんでこんなことになったかというと、自分は
「まあ1年間やることやってきた(?)(大嘘)し、3週間前やけど過去問で7割は出るだろうから間に合うやろ」
という訳の分からない甘すぎる認識でいたからです。
これは僕の最強の黒歴史です。
ですが、1月25日という超直前に泣きついて叱責され、自分自身も最初で最後の意地をみせて頑張った結果、たった20日で文と商両方に受かりました。
こんなことがあったため正直、慶應ちょろすぎだろ、この調子で3ヶ月90日できたら確かに余裕だわと思ったし、私立文系はガチで糞だなと思いました。
1年以上気張って受験に全てをかけて間違った勉強をした人が慶應に落ち、20日前まで超テキトーに1日3時間とかしかしてなかった受験への認識クソ甘人間がちょっと頑張るだけで慶應に受かる
ということが有り得るのが私文であり、情報強者の特権なんだなと思いました。
改めて請負人さんから教わった勉強法は慶應私文超特化でクリティカル極まりないと感じました。
まじで請負人さんに教わることができて良かったです。ほぼ自語りですが悪しからず。
頑張ってきた人たちが落ちて、
舐めてサボってきた教え子が、
一番良い結果を収めた。
”他の5人”からすれば、
実に胸糞悪かったと思う。
なんであいつが?
自分の方がやってたのに・・・
そんな馬鹿なことあるか!
死ぬほど悔しかっただろう。
僕がその立場なら発狂もんだ。
これを感情的に見れば、
理不尽な結果にも感じるかもしれない。
でも、全然そんなことはない。
理不尽どころか至極真っ当。
正当な努力の結果だよ。
この登場人物が6人いる中で、
本当の意味で頑張ってたのは、
僕の教え子だけだった。
他の5人がやってたのは、
”努力とは言えない他の何か”でしかない。
僕からすると、
ただこれだけの話。
努力とか頑張るっていうのは、
”いかに結果にコミットしているか”だから。
確かに他の人たちの方が、
一見すると頑張っていたように映るだろう。
目に見えて分かりやすい形だとは思うよ。
いわゆる”頑張ってる”感はある。
1年以上も時間をかけ、
周囲からも応援されていて、
受験生ぽいことやりまくった。
そして、僕以外はばり勉強してました。
先生や取り巻きからも「おそらく受かるだろう」「受かって欲しい」って眼差しで見られていたように思います。
「俺冬休み1日だけやけど15時間勉強したわ()」「小論の対策何が正解かわからんわぁ」「世界史一問一答ぜんぶ覚えたわ」みたいな、自分たちはようやっとる、オレら受験頑張ってる感のある事を言っていたように思います。
こんなんとかね。
いかにも頑張ってる風だわな。
でもさ・・・
そこまでやって全然受からない。
これこそ結果にコミットしてない事実を、
これ以上なく表しているよ。
何故かって??
だって同じ学校に通いながら、
成績劣位にいた教え子が、
3週間で出来たことに、
どんだけ時間使ってんの?
まじで何してきたの?って話だろ。
そんなズレたことし続けてきて、
受験生感に浸って自己満足して。
それで結果にコミットしてますだって?
笑っちゃうよ。
それはさすがに嘘でしょ。
結果へのコミットが弱いから、
そんだけ時間や手間かけても、
3週間で出来ることさえできなかったんだろ。
要するに密度がないんだよ。
中身がスッカスカ。
見てくれだけの勉強。
”他の5人”がやってたことっていうのはさ、
残念ながら”努力とは言えない他の何か”止まり。
そんなものを努力とか頑張ってるとか、
そう思うこと自体がおこがましい。
一方で合格という目的に対して、
本質的な努力をしたのが、
この中で僕の教え子だけだった。
それは確かに3週間だけだったが、
”他の5人”については1年かけても、
それが全くできてないからね。
だから一人勝ちできた。
ただこれだけのこと。
それ以外にあるか?
全然理不尽なことはない。
むしろ道理が通りまくってる。
結果にコミットできてない、
ズレた努力は自己満足であり、
成果に繋がらない。
逆に結果にコミットした努力は、
短い時間であっても何倍も、
成果として還元されやすい。
唯一合格に対する”本当”の努力をした、
僕の教え子が独り勝ちしてることこそ、
なにより道理が通った結果だ。
そして、これが受験のリアルでもある。
大多数の受験生は、
ここで言う”他の5人”なんだよ。
時間はかけてるのかもしれない。
苦労もしてるかもしれない。
自認としては頑張ってるつもりだったり、
傍から見ればそう映るかもしれない。
それを感情的に”頑張ってる受験生”と、
評価したくなる気持ちも理解できる。
でも、それ要領悪いだけでしょっていう。
1時間で終わることに、
間延びして10時間かけることが、
あなたにとっての努力なのか?
そういうトロイことやってると、
受かるはずのチャンスを逃すぞ。
「やってるのに、、、」とか、
そんな風に思う羽目になる。
一方で目的に適った努力をすれば、
受験3週間前まで舐め腐っていても、
そこから慶應受かるわけじゃん。
体験記でも言ってるよね?
点取りゲームだって。
今回の明暗は、その差が顕著だろう。
めっちゃわかりやすいと思う。
どんな理屈や綺麗ごと並べても、
結局点数取ったやつが勝つんだよ。
いくら骨を折ってやっていようが、
点数にならないことやってれば、
”他の5人”のようにワンパンでのされる。
そこに感情的なものとかは関係なく、
ただただ点数のみで結果は決まるんだ。
「本当に、本番に点をとることだけが全てだということ」「点を取れたやつが結局大逆転するということ」「私文受験における素の学力による指標の宛にならなさ」を感じました。
僕は受かったはずなのに、もはや悲しさを感じました。
私文においては、情報を知らない者が割を食うんだなと強烈に感じました。
あまりに点取りゲーム過ぎて、
それができたら楽勝過ぎて、
程度の低さに悲しくなる。
それくらい合格にど真ん中で動く。
これが努力じゃないの?
ここまで突き詰めて合格しに行く。
それが”本気”ってことだろ。
目に見えることだけじゃなくて、
こういう戦略だって立派な努力。
結果にコミットして考えるほど、
それが重要だって分かるはず。
遊びじゃなくて、
受かるためにやってるんだから、
生ぬるい基準で考えんなよ。
この方の話を通じて、
どうか考えてみて欲しい。
努力ってなんだ?
頑張るってなんだ?
どういう勉強をしたい?
その答えはまんま、
この先の伸び方となって、
自分に返ってくる。
さて、もう伝えたからな。
ここでお伝えしたことは他人事じゃない。
言わばあなたの受験の縮図だ。
今回で言う落ちた”他の5人”にはなるなよ。
あんな無様な思いはして欲しくない。
だから今こうして共有してんだぞ。
誰しもがこうなりえること。
実際、受験生の多くはそうなってること。
しかし一方で自分の勉強次第では、
そんな奴らを嘲笑うかのように、
短い時間でも蹴散らせること。
自分がどういう取り組みをするかによって、
これだけの差が出て明暗分かれるんだってこと。
受験が終わってからじゃなく、
早いうちに気づいて欲しい。
自分がそうだったように、
少しでも多くの受験生に、
そのチャンスを掴んで欲しい。
そういう思いから教え子も、
自ら今回の件を送ってくれた。
あとは任せるよ。
ここから何を感じるかも。
この先どうしていくかも。
結局はあなた次第。
どう感じろというのも、
どうしろってこともない。
ただ現実を見せているだけだからね。
最後に先ほどのスクショを、
もう一度載せておく。
”あなたが受験を終えた時、
一体どんな結末を迎えるか”
自分の未来がどうなりそうか、
重ねて読んでみて欲しい。
そこで浮かんだ姿が、
今のあなたの延長線上だ。





